大阪地方裁判所 平成6年(モ)51322号 決定 1995年9月22日
債権者
岨幸二
右代理人弁護士
竹下政行
債務者
株式会社駸々堂
右代表者代表取締役
大渕馨
右代理人弁護士
中筋一朗
同
益田哲生
主文
一 債権者と債務者間の当庁平成五年(ヨ)第三九九号仮処分命令申立事件について、当裁判所が平成六年三月三一日にした仮処分決定は、債権者が債務者に対し、別紙「労働条件目録」記載のうち「賃金」と「勤務時間」を内容とする労働契約上の地位にあることを仮に定め、債務者に対し金四〇万円と平成六年四月から本案の第一審判決の言渡しに至るまで毎月二五日限り一か月金一〇万円の割合による金員の支払を命ずる限度で認可し、その余は取り消す。
二 右取り消した部分について債権者の仮処分命令申立てを却下する。
三 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 債権者
1 主文掲記の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を認可する。
2 申立費用は債務者の負担とする。
二 債務者
1 本件仮処分決定を取り消す。
2 本件仮処分申立てを却下する。
3 申立費用は債権者の負担とする。
第二事案の概要
一 債権者は、労働条件の変更が、債権者の同意に基づかず、また、その内容が就業規則及び労働協約の水準にも達していないから無効であるとして、従前の条件による労働契約上の権利を有することの確認及び従前の条件による賃金と現行の条件による賃金との差額の仮払を求め、本件仮処分決定を得た。これに対し、債務者は、本件異議を申し立て、労働条件の変更には債権者の同意があること、新労働条件を定めた就業規則も実施されていること及び雇用関係が終了したことを理由として、その取消しを求めた。
二 基本的な事実関係
1 債権者は、昭和五八年一一月一六日、旧商号株式会社駸々堂書店(以下「大阪駸々堂」という。)に定時社員として入社し、以降同社奈良店及び奈良大丸店に勤務し、学習参考書部門担当として働いてきた。
2 債務者は、大阪駸々堂が、平成四年一二月一日、株式会社京都駸々堂(以下「京都駸々堂」という。)を合併して商号を変更したもので、書店での書籍類販売を主要な事業内容としている。
3 大阪駸々堂の定時社員服務規則(以下「旧就業規則」という。)によると、定時社員の労働条件は、次のとおりであった。
(一) 勤務時間 午前九時から午後五時まで
(二) 休日 一週一日
(三) 有給休暇 年二〇日
(四) 給与 時給五三五円
(ただし、三か月ごとに一〇円宛昇給する)。
(五) 奨励手当 一か月二三日以上出勤の場合は三〇〇〇円、二〇日以上出勤の場合は一五〇〇円とする。
(六) 賞与・退職金 定めなし(ただし、実際には支給されていた)。
4 債権者は、平成四年九月から一一月までの間、次のとおり月額平均二一万八九二一円を支給された。
(労働時間) (時間給) (総支給額)
平成四年九月
一八四・〇〇時間 九六六円 二二万二六三四円
一〇月
一六八・〇〇時間 九六六円 二〇万九一一九円
一一月
一八三・五〇時間 九六六円 二二万五〇一二円
債権者の勤務時間は、午前九時三〇分から午後五時三〇分であり、休憩時間(昼食時・一時間、小休憩一五分)も有給であった。
5 債権者は債務者に対し、平成四年一一月二五日、大略、以下の内容の新労働条件が記載された新雇用契約書を提出した。
(一) 雇用期間 六か月間(平成四年一二月一日から平成五年五月三一日まで)
(二) 賃金 時間給 七三〇円(休憩時間は無給)
(三) 勤務時間 午前一〇時から午後五時まで(実労働六時間)
(四) 職務内容 販売及び補助作業
6 債権者は債務者から、新労働条件により、平成四年一二月分(同月一日から一〇日締め)として総額三万九四二〇円(実労働時間五四時間・時間給七三〇円)、平成五年一月分から三月分として、次のとおり月額平均九万九三四一円を支給された。
(労働時間) (時間給) (総支給額)
平成五年一月
一二九・五〇時間 七三〇円 九万四五三五円
二月
一五二・五〇時間 七三〇円 一一万一三二五円
三月
一二六・二五時間 七三〇円 九万二一六三円
(以上の事実は、当事者間に争いがないか証拠上明らかである。)
三 債務者の主張
1 債権者と債務者は、平成四年一一月二五日、新雇用契約書により、「雇用期間」、「賃金」、「勤務時間」、「職務内容」等について、前記一5の内容の合意をした(以下「本件合意」という)。なお、職務の具体的内容は、販売補助作業としてのレジ担当である。
2 しからずとしても、
(一) 合併に際し制定された債務者の就業規則(以下「新就業規則」という。)によると、定時社員の労働条件は、本件合意と同一である。
(二) 新就業規則は、その制定(変更)に合理性があるから、債権者の同意の有無にかかわらず有効である。
3 本件雇用契約は、平成五年一一月三〇日、新就業規則により定められた期間の満了により終了した(債務者は債権者に対し、同日、口頭で「雇用関係の終了」を通知した)。
4(一) 仮に、新就業規則が適用されず、期間が満了していないにしても、債務者は債権者に対し、同年一一月三〇日(口頭で)、しからずとしても、同年一二月二日(書面により)、解雇の意思表示をした。
(二) 解雇理由は、平成五年九月九日から心不全を理由として欠勤し、その期間が三か月に及ぶも、健康状態が回復するに至らなかったことによる。
5 債務者は債権者に対し、新就業規則による所定の時間給を支払っているから、保全の必要性はない。
四 債権者の主張
1 債権者の従前の労働条件は、平成四年一一月の時点においては、別紙「労働条件目録」(略)記載のとおりであった。
なお、右の内容は、かって存在し債権者も所属していた定時社員の組合である「駸々堂書店労働者組合」と大阪駸々堂との間の労働協約(<証拠略>)においても確認されており、個々の労働契約の内容になっていた(ただし、右協約に「賞与」の定めはなかった)。
2 本件合意は成立していないし、しからずとしても、錯誤により無効であり、しからずとしても、強迫により取り消されるべきものであるから取り消した。
3 本件合意は、旧就業規則及び正社員の組合である書店労働組合との労働協約(<証拠略>)の基準に達しないものであるから無効である(書店労働組合との労働協約は、債権者主張書面(第三)四項記載の理由により、定時社員にも拡張適用されるべきである)。
右協約によると、労働時間は、実労働時間七時間(小休憩一五分)である。
4 新就業規則は、制定・実施されておらず、しからずとしても、その制定(変更)に合理性がなく、また、書店労働組合との労働協約(<証拠略>)の基準に達しないものであるから無効である。
なお、就業規則の変更が許される要件は、合理性のみでは足りない。
5 本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用、均等待遇違反及び不当労働行為であって、いずれにしても無効である。
6 債権者の収入は半減しており、申立ての金員の支払がなければ、生計を維持できない。
7 なお、債務者の3、4の主張は、異議事由足り得ず、また、時機に後れたものであるから、審理の対象とすべきではない。
四(ママ) 主たる争点
1 本件合意は錯誤等により無効か(争点1)。
2 新就業規則は有効か。
(一) 実体的要件を充たしているか(争点2)。
(二) 手続的要件を充たしているか(争点3)。
(三) 新就業規則は実施されているか(争点4)。
3 書店労働組合との労働協約は適用になるか(争点5)。
4 本件雇用契約は期間の満了により終了したか(争点6)。
(一) 右主張は許されないか。
(二) 新就業規則は有効か。
(三) 本件雇用契約は終了したか。
5 本件解雇は、解雇権の濫用か、均等待遇違反か、不当労働行為か(争点7)。
6 保全の必要性(争点8)。
第三争点に対する判断
一 本件合意は錯誤等により無効か(争点1)について
1 疎明資料及び審尋の全趣旨によると、(1)債権者は、奈良大丸店の店長の小林(以下「小林店長」という。)から、平成四年一一月半ば過ぎころ、「定時社員雇用契約書」と題する空欄部分が白紙の印刷物(<証拠略>)、「アルバイト・パートのみなさんへ」(<証拠略>)、「アルバイト・パートの新雇用契約」(<証拠略>)、慰労金の額を明示した書面(<証拠略>)が入った封筒を手渡されたこと、(2)「アルバイト・パートのみなさんへ」と題する書面には、一二月一日をもって、京都駸々堂との合併により新しい会社が誕生することになり、新しいルールで仕事をしていくことになること、一二月一日に慰労金が支払われること、「一二月一日から新会社での新しいルールのもとで、勤務していただける方は、一一月二五日までに会社までご連絡ください。」といった記載があり、また、「アルバイト・パートの新雇用契約」と題する書面には、本件合意の内容をなす雇用期間、勤務時間、賃金等について具体的記載があったこと、(3)新雇用契約の内容は、債権者にとって、時給が九六六円から七三〇円になるうえ、稼働時間も減少し、休憩時間も無給となるため、収入は月額二一万八九二一円から九万九三四一円に半減し、加えて、雇用期間も期間の定めのないものから六か月間に限定されることになるなど、極めて不利益なものであった(見返りは、慰労金六〇万円の支給に過ぎなかった。)こと、(4)債務者から、新雇用契約の締結を拒んだ場合どうなるかつ(ママ)いて説明はなかったこと、(5)それにもかかわらず、債権者は債務者に対し、定時社員雇用契約書(<証拠略>)を提出するまでの間、「健康保険はどうなるのか」「慰労金はいつまで勤めたらもらえるのか」「この冬のボーナスはどうなるのか」い(ママ)った質問はしているが、新雇用契約の締結を拒んだ場合どうなるかについて全く質問していないこと、が一応認められる。
右事実によると、債権者が本件合意をしたのは、これを拒めば債務者に勤務することが叶わず、退職しなければならないと考えていたからであると推認するに難くなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
債務者は、債権者が、新雇用契約の締結を拒んだ場合どうなるかについて全く質問していないことをもって、債務者が置かれていた状況を認識・把握し、やむを得ない仕儀と受けとめたからにほかならないというが、首肯できない。債権者の年齢、職歴等に鑑みると、好条件の転職は極めて困難であり、従前の条件で雇用が継続される余地があると考えていたのであれば、たとえ債務者が置かれていた状況を認識・把握していたにしても、右の点をなによりも問いただしていたはずである(小林店長の対応は好意的であり、債務者に嫌気がさしていたとも思われない)。
確かに、債権者と同様労働組合に所属していなかった定時社員の高城は、債権者が受け取ったと同様の書面(<証拠略>)を渡された際、「私の意思で決めていいでしょう」と述べ、一一月二四日には、同意できないとの回答をしており(<証拠略>)、従前の条件でも雇用が継続されると考えていた者がなかったわけではないが、高城や労働組合に所属していた者を除くと、他の定時社員は、新雇用契約に応ずるか、退職するかのいずれかを選んでいる。これらの者が、債務者の経営状況を認識・理解し、あえて不利益を甘受したとは思えない。小林店長も、債権者が新雇用契約書を提出する際、「とりあえず応じといて、それからのことはまた考えたらいいわ」と述べており、従前の条件で問題なく雇用が継続されるとは考えていなかったようである。高城の例があるからといって、債務者の主張に与することはできない。
2 そうすると、本件合意には、法律行為の要素に錯誤があったとはいえないにしても、少なくとも表示された動機に錯誤があり、右錯誤がなければ合意の成立がなかったことは明らかであるから、債権者の主張は理由がある。
債務者は、動機の表示がないというが、前記第三の一・1のとおり、債権者は債務者から、新雇用契約に応ずるか退職するかの二者択一を迫られているものと信じて疑わなかったものであり、退職しなければならないのなら新雇用契約に応ずるという趣旨で本件合意をしたものであるところ、前記第三の一・1の事実によると、債務者の小林店長は、右事実を知悉していたものと推認するに難くない。黙示的にせよ、債権者の動機は表示されていたものといってよい。
二 就業規則の変更の実体的要件(争点2)について
1 就業規則の変更は、個別的合意がなくても、合理性があれば有効と解されるから、合併前の就業規則(旧就業規則)から合併後の就業規則(新就業規則)への変更に合理性があるといえるかについて検討する。
(一) 疎明資料(<証拠略>)によると、(1)大阪駸々堂は、過去数年間にわたり営業損失を計上し、平成三年二月から平成四年一月までは単年度で一億六〇〇〇万円もの営業損失を発生させ、同年七月には約二億円の資金不足を生じ、経営危機を招いたこと、(2)右危機は、金融機関の資金援助により辛うじて脱したが、金融機関からは、経営の立直しのため、人員整理を含む人件費の削減を求められた(大阪駸々堂の人件費比率は同業他社が五〇パーセントであるのに対し、七〇パーセント前後であった。)こと、(3)そこで、債務者は、役員報酬のカット、管理職の労働条件の改定、賞与支給額の削減を実行したうえ、正社員については、組合に対し労働条件の改定を申し入れ、定時社員のうち非組合員については、個別的な申入れを行い、組合員については、組合に対し労働条件の改定を申し入れたこと、(4)右労働条件は、合併前の京都駸々堂の条件と概ね同一であったこと、(5)債務者は、定時社員の労働条件を改定することにより約七〇〇〇万円の人件費を削減できた(他の手段による人件費の削減は、三〇〇〇万円程度である。)こと、(6)なお、定時社員は、本質的には臨時的な雇用であり、採用資格、採用手続、採用後の処遇等も、終身雇用を前提とする正社員とは異なっていること、が一応認められる。
右事実によると、定時社員の労働条件の改定による人件費の削減は、総論的にみると、希望退職の募集や整理解雇などを避けるため方(ママ)策として是認でき、その内容も恣意的なものではないが、各論的にみると、合理性の有無は、労働条件の性質や労働者の勤務年数等によって一様に決せられるものではない。
(二) そこで次に、新就業規則の具体的内容(個々的な変更内容)について検討する。
(賃金について)
賃金の改定は、労働条件の枢要な部分の変更であるから、原則的には労働者の個別的同意が必要であり、これを欠く場合には、整理解雇が容認されるような高度の必要性を要するものと解すべきところ、旧就業規則(<証拠略>)によると、債権者が受ける時給は、改定時点において、九六六円であったものが、新就業規則(<証拠略>)によると、七三〇円となり、約二五パーセントの減収となるうえ、昇給もなくなるから、更に三か月ごとに時給一〇円の減収になると一応認められる。
右減収は、後記勤務時間の改定を加えると一層深刻であり(給与が半減することになる。)、前記第三の二・1(一)の事情を十分考慮しても、こと債権者に関する限り、賃金の改定に合理性があるとはいい難い。
因みに、旧就業規則は、雇用期間を定めず、期間の更新を前提とし、昇給を認めていたものであって、全ての定時社員を一律に扱っていたわけではない。定時社員であるとはいえ、債権者のように九年余も勤めてきた者については、賃金の改定に際し、生計の基盤を揺るがすような急激な減収をもたらすことがないようなんらかの配慮がなされるべきであったと思われる。そうでなければ、実質上退職を強いることになろう。債務者は、年商一〇〇億円の老舗であり、そのような措置を採り得るだけの経済的余裕がなかったとはいい難い。現に、債務者は、労働組合に属する者に対しては、その承諾が得られない限り、従前の労働条件を実施する方針をとってきたものであって、非組合員についてのみ、その同意を得ることなく賃金の改定を強いるのは説得力に欠けよう。
(勤務時間について)
勤務時間の改定も、賃金の実質的変更につながるから、これを個別的同意のない労働者に受忍させるためには、高度の合理性を要するものと解すべきところ、疎明資料(<証拠略>)によると、債権者は、別紙「労働条件」記載のとおり、休憩時間の一時間一五分を含め、一日八時間の時給を得られたが、新就業規則(<証拠略>)によると、稼働時間は一日六時間(休憩時間は無給)となり、二五パーセントの減収となると一応認められる(なお、旧就業規則には、休憩時間を有給とする旨の定めはないが、労働契約の内容になっていたものである)。
右減収は、前記賃金の改定を加えると一層深刻であり、前記第三の二・1(一)の事情に照らしても、こと債権者に関する限り、勤務時間の変更に合理性があるとはいい難い。
(雇用期間について)
旧就業規則(<証拠略>)によると、定時社員について、雇用期間の定めはなかったが、新就業規則(<証拠略>)によると、雇用期間は六か月間と定められたと一応認められる。
右改定も、労働条件の枢要な部分に関わるものであって、前記第三の二・1(一)の事情に照らしても、合理性があるとはいい難い(もっとも、債務者としては、合理的な理由があれば、解雇できるから、改定の実質的意味は、定時社員の臨時雇用的性格の徹底にあろう)。
(職務内容について)
疎明資料(<証拠略>)によるも、職種の変更をもたらす就業規則の改定があったとはいい難い。
2 以上によると、新就業規則のうち、「賃金」、「勤務時間」及び「雇用期間」の改定については、争点3ないし5について判断するまでもなく、その効力を債権者に主張できない。
三 本件雇用契約の終了(争点6)について
前記のとおり、雇用期間を定めた新就業規則は効力を有しないから、債務者の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
四 本件解雇は有効か(争点7)について
1 疎明資料(<証拠略>)によると、(1)債権者は、平成五年九月九日から、「心不全」により緊急入院し、同年一一月一日の時点において、「心筋炎後心筋症」により「向後約一ケ月間の入院加療を要する」と診断され、欠勤していたこと、(2)そこで、債務者は、新就業規則に、二週間以上にわたる長期欠勤のときには雇用関係は終了し、退職する(六条)、虚弱、疾病のため業務に耐えられないときには解雇する(八条)と定められていたことから、雇用期間の満了による雇止めはやむなしと考え、同年一一月三〇日、総務部長の酒井と店長の辻が債権者の入院先の病院に趣き、「会社としては、雇用関係終了ということですのでお伝えしておきます。」と伝えたうえ、本人宛てに「雇用契約終了のご通知」を郵送したこと、が一応認められる(なお、債務者は、新就業規則による雇用期間の満了による雇止めを主張するものであって、同規則六条による契約の終了もしくは同規則八条による契約の解除を主張するものではない)。
右事実によると、債務者がなした「雇用契約終了のご通知」は、通常解雇の意思表示と解し得る。
2 そこで次に、右解雇の効力について検討するに、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、(1)旧就業規則(<証拠略>)は、解雇事由を列挙しているが、傷病による欠勤については定めを設けていないこと、(2)債権者が属していた定時社員の労働組合である駸々堂書店労働者組合(平成二年一二月末解散)と大阪駸々堂との間の労働協約(<証拠略>)には、一二〇日間の私傷病補償のほか六か月間の休職が認められており、私傷病により欠勤しても、九か月間は職を失うことはなかったこと、(3)正社員についてみると、就業規則(<証拠略>)によれば、休職期間の二年間及びその前の一五〇日を欠勤してはじめて「退職」の扱いになり、改定案(<証拠略>)によっても、休職前五〇日ないし二三〇日と休職期間の一年間を超えてはじめて「退職」になること、(4)正社員の労働組合である駸々堂書店労働組合と債務者との間の労働協約(<証拠略>)でも、私傷病欠勤期間は五か月とされ、二年間の休職期間が定められていること、(5)債権者は、定時社員であるとはいえ、昭和五八年から本件解雇まで約一〇年間にわたって債務者に勤務してきたものであるところ、給与制度は異なっていたが、労働の実態は、残責業務を除くと変わらぬものであった(残責業務も全ての正社員が行っていたわけではない。)こと、(6)駸々堂書店労働者組合が解散された後も、私傷病を理由とする欠勤を理由として、更新を拒絶されたり、解雇・退職となった者はいないこと、(7)債権者は、同年一二月二日、「雇用契約終了のご通知」を受け取ると、同月三日、退院し、債務者に診断書(<証拠略>)を提出しているが、同診断書によると、「上記疾患のため当科入院中である。向後一ケ月の入院又は自宅療養を要する。以後は就労可能と考えられる。」とされており、ほどなく就労可能な状態であったものであり、職場復帰の意欲も十分あったこと(<証拠略>)、(8)債務者は、債権者の健康状態について、十分な調査をすることなく、解雇に踏み切ったものであって、後一か月で就労可能になるとは考えていなかったこと(<証拠略>)、が一応認められる。
右事実によると、私傷病補償をした各労働協約(<証拠略>)を債権者に直接適用することは無理にしても、解雇の合理性を考えるに当たっては、その趣旨を十分考慮すべきところ、債権者の病はようやくほぼ癒え、一か月後には職場復帰が可能となっていたのであるから、本件解雇は酷であり、解雇権の濫用というほかない(なお、旧就業規則により解雇事由が制限されているとすれば、解雇事由がないともいえよう)。
3 以上によると、債務者の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
五 保全の必要性(争点8)について
1 本件申立てのうち、債権者が別紙「労働条件目録」記載の内容を有する労働契約上の地位にあることの保全を求める部分については、「賃金」と「勤務時間」については保全の必要性があると一応認められるが、その余の点について必要性があるとはいい難い。
2 本件申立てのうち、従前の条件による賃金と現行の条件による賃金との差額の仮払を求める部分については、以上検討してきたところによると、債権者は、従前の条件による勤務時間(休憩時間も有給)と時給により月額平均二一万八九二一円の賃金の支払を受けてきたものであり、更に三か月ごとに時給一〇円の昇給を認められてきたものであるところ、平成五年一月以降は月額平均九万九三四一円の支払しか受け得られなくなったものであるから、疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、原決定のとおりの金員の仮払をする必要があるものと一応認められる。
六 結語
以上によると、本件仮処分決定は、主文掲記の限度で理由があるから、右の限度でこれを認可し、その余は理由がないからこれを取り消し、右の申立て部分はこれを却下することとする。
(裁判長裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 小見山進 裁判官 村田文也)